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    • 2014.08.21 Thursday
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    一定期間更新がないため広告を表示しています


    web log引っ越します!

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      web logを引っ越します。strange daysという同名の、しかもわりと大きめな音楽情報サイト?が存在していたのを知って、名前を変えようとしたけど変更できずなんやらで引っ越します。やはりdoorsはかぶりますな。

      新しいweb log!

      http://saucerfulofsecrets.blog.fc2.com/


      『女について』Take a picture /margo guryan

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        アルトゥア・ショーペンハウアーという19世紀のドイツの哲学者が「女について」という本でこんなことを言っている。



        「我々の子供のころの養育者、教育者として女性がまさに適しているのは、女性自身が子供っぽくて、愚かで、浅墓で、一生大きな子供だからである。つまり、本来の人間というよりも子供と男の間にある中間段階の種なのである。我々大人が子供と一緒に一日中戯れ、踊り回り、歌っている少女を観察したとき、男性が努力によってその少女の役割ができると考えるだろうか」



        これを言い放ってから彼は現代に至るまで女の敵という烙印を押されっぱなしであり、私も、そりゃ嫌われるわな。と思う。


        だいたい彼のこの考えは女性のもつ母性の存在を否定してることになる。それはとっても困る。




        ただ一文共感した部分がある。



        「本来の人間というよりも子供と男の間にある中間段階の種なのである。」




        何故に女性哲学者が少ないのか、ということについて考えた時、以前私は女性は男性に比べて考えることが苦手だからだと思っていた。


        もしくは女性とは現実的な生き物である、とも思っていた。「生きる」ことを重要としているんだと。


        当然男だって現実的な生き物であるが、我々は現実的に生きようとする時、「現実」とは一体何なのか「生きる」とは一体どういうことかを考える。


        そんな行為は女性にとって「生きる」ために必要のないことなのだ。男と女は生物的なオスとメス以上に異なる生物なのだ。


        と昔、女性哲学者が少ない理由というテーマについては少しばかり女性をバカにする感じで適当な答えを出した。


        それから女性科学者が少ない理由、女性芸術家が少ない理由(たくさんいるが、圧倒的に男性に比べて少ない)みたいなものについても大体同じような答えを出すばかりで、いっさい進展しないこのテーマに最近新たな風が吹いた。





        女性が哲学を必要としないのは文字通り必要ないからなのではないか、と。


        考えるという行為は答えが不明だから行う行為であり、答えを知ってしまっている者には必要のないことである。

        自分はどこから来たのか、人間とは何なのか、生とか何なのか、魂とは‥‥‥‥


        哲学において重要なテーマであるこのような問題に対して女性は答えをすぐに出すことができる。


        出産という行為で。


        男性にとって無限に広がる形のない答えが、女性には形として、物質的に、手元に転がり込む。

        極端な論であるのは自分でもわかるが、そんなに的外れなわけでもない気がするのだ。



        人間は知能が高い。自分自身を認識でき、そして自分の置かれた世界を解き明かそうとし、自分の生に意味をつけようとする。

        それゆえに愚かであり、自分が真実から遠く離れていることに気づく。


        自然の産物である肉体と魂を別のものとし、自然から隔離され、生物という大きなくくりからも自分自身を隔離しそうになる。

        人間と動物は違うと。

        自然は何か真実を含んでいる。それを解き明かそうと外に出て挑んだ時点で、我々は真実から一番遠くへはじかれてしまったのかもしれない。

        しかしその一番遠くから思考により解き明かそうとする行為こそが哲学であり、人間の本業であると思ったりしてしまうわけだ。



        「本来の人間というよりも子供と男の間にある中間段階の種なのである。」

        子供というのは明らかに生き物であり無知で、自然体で真実を多く含んでいる。

        つまりは、女性とは人間より少しばかり真実に近い存在なのかもしれないと思うのだ。

        女性は真実に近く自然に近い。それゆえ少し神秘の匂いが含まれているのだろうか。

        その女性に対し、導き手としての役割を求める尊敬の思いと、少しばかりの軽蔑が同居してしまっているのは仕方がないことなのかもしれない。






        Take a picture/margo guryan





        1. Sunday Morning

        2. Sun

        3. Love Songs

        4. Thoughts

        5. Don't Go Away

        6. Take A Picture

        7. What Can I Give You?

        8. Think Of Rain

        9. Can You Tell

        10. Someone I Know

        11. Love




        女性ボーカルの音楽はとても好きで、その真実味と自然味と神秘的な声は男に出せないものがある。

        エンヤがその最たるものなんじゃないだろうか。あんまり聞いたことないけど。


        このマーゴガーヤンと言う人物は68年に1枚Take a pictureというソフトサイケなアルバムを残して姿を消したアメリカのシンガーソングライターであり、そっち方面の人々からはかなり人気の高い女性である。

        彼女は幼いころはクラシックピアノを勉強し、大学時代はジャズに傾倒し、あのビルエバンスからも学んだことがあるというほどの人物らしい。

        そんな人が友人にbeach boysのペットサウンズを聞かされたことをきっかけにポップ界に残していったのがこのTake a pictureという1枚だ。

        詳しく言うと60年代前半から作曲家としていくつかのミュージシャンに曲を提供し、68年にやっと自身のアルバムをリリースできた。といったとこなのだろうか?

        スピーカーのすぐそばで囁いているような歌いかたが特徴的で心地よく、近いのに遠いのだ。

        1曲目はsunday morningという軽快な曲で始まる。ヴェルベッツ&ニコの1曲もsunday morningであるが、なんとも対称的でどちらも大好きだ。少しばかりジャズの匂いはするものの立派なポップソングであり、むしろアルバム全体を見渡してもジャズの匂いはほとんどしない。



        6曲目のタイトル曲のTake a picture。変拍子の入れ方も素晴らしく自然で美しい名曲。




        10曲目のsomeone I knowは一番好きな曲でバッハの『主よ人の望みの喜びよ』をポップスに絶妙に取り入れた素晴らしい曲だ。クラシックとポップの融合の完成形とも言える美しさ!




        11曲目ラストはloveというアホほどサイケな曲。前半はほとんど壊れたかのように自由すぎるセッションの連続、後半はノリはいいのに浮遊感溢れる不思議な曲。



        とにかく彼女の多才さはどしどし伝わってくる。

        聞いていて本当に気持ちいいので、BGMなんかにもオススメできる。

        この1枚で姿を消してしまって現在はピアノの先生をしているというマーゴガーヤンなんだけれど、なんと2007年に「16words」という曲を1曲発表している。




        これは手に入れれてなく、you tubeで聞いただけなんだけど、全然私の知ってるマーゴガーヤンではなく、ソフトロックというよりプログレに近い曲で、だけどこんな曲を作ってしまうマーゴガーヤンも好きだ!と感動した。


        歌詞は

        「THE BRITISH GOVERNMENT HAS LEARNED THAT SADDAM HUSSEIN RECENTLY SOUGHT SIGNIFICANT QUANTITIES OF URANIUM FROM AFRICA」という、ジョージブッシュ氏が発言した16個の単語にそのままメロディを付けるというなんとも凄まじい曲。

        意味はサダムフセインがアフリカからウランをどうたらこうたらイギリス政府がなんちゃらかんちゃら、あんまりよくわからないんだけど、とにかく激しく怒って批判しているんだろう。ってのは伝わってくる。

        とにかくブッシュの発言をそのままそれだけを歌詞にして、タイトルが16wordsだなんて、なんて洒落てるんだろうか。



        マーゴガーヤン、彼女の歌は真実を含んでいて、とても知的で、とても可愛くとても美しい。このTake a pictureというアルバムを聞いてたら女性というものを敬おうと、思ってしまったのだ。


        『涅槃』all of us/nirvana(uk)

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          涅槃(ねはん)という言葉を知っているだろうか。

          涅槃とは仏教において重要な言葉であり、簡単に言えば悟りである。

          いや、涅槃について調べてみたところ難しくてよくわからなかったので、とりあえず悟りの境地みないなニュアンスのものだと勝手に解釈した所存でございます。


          では悟りとはなんだろうか。煩悩を捨て去ることなんだろうか。


          煩悩すなわち欲を捨て去ること、悟りを開いたその先の境地、それが涅槃。


          たぶん。




          最近、苦について考える時間が多くて、とにかく苦は嫌だと。どうすればより苦しみを感じずに生きれるのだろうかと。

          苦しい楽しい悲しい嬉しいその他様々な感情、さらに熱い冷たいや大きい小さい長い短いやらなんやら、こんなものは私という主体による評価により決められるものである。

          それは絶対的に決まっていて計れるものではなく、人それぞれが相対的に評価するものなのだろう。

          何かそれぞれに基準を勝手に設け、それにしたがったプラスマイナスで評価してるんだろう。

          その基準、つまりプラスマイナス0の位置というのがとても重要だと思うのだ。




          さぁ私はとにかく苦しい思いをしたくない。

          苦しいことを経験してこそ、本当に楽しいことにありつけるんだよ。だから苦しくても頑張ろう。

          みたいな言葉を、生まれて24年、何度も聞いてきた。

          それってつまり苦しいことを経験すればするほど、楽しさを計る基準が低くなり、楽しいことをより楽しく感じるってことだろうか。

          理解はできるけれども、それってなんだかマヌケなことなんじゃないかって
          思う。

          熱いという認識があって初めて冷たいという認識がある。逆もまた然りで、熱いと冷たいは一心同体、同じ座標上にある感覚だ。

          大きいと認識できるものがあるから、小さいと認識できるものがある。

          楽しいと苦しいが一心同体で、同じ座標上にあるものなんだろうか。楽しさが苦しさを生み、苦しさが楽しさを生むのだろうか。



          そんなことを思ってた時に、ある文章が私の前に現れた。



          苦しみを生むのは欲である。





          生きることは苦しいことだ。

          こう思うようになるのはごくごく自然な流れだった。

          飯を食うのもしんどい、寝るのもしんどい、歩くこと、働くこと、1日を生きることはしんどいのだ。

          この苦しみを生むのが欲ならば、それは正に生きたいという欲だろう。

          生きたいという欲が生きることをを苦しいものにしてしまうのだ。

          さらに生きたいという欲が死を苦の象徴に育て上げたのかもしれない。



          苦しみを生むのは欲だ。

          さらに名前も忘れたけどとある哲学者がこんなことも言ってた。



          苦しみを生む欲の大半は他人の欲だ。または社会の欲だ。



          他人の欲、つまり他人が欲しがるものを欲しいと思う欲。優越感みたいなものへ繋がっていく欲。名誉欲やら。

          この欲が叶わないことが人を苦しめる一番大きな原因らしい。



          三大欲求を捨てることはできないのかもしれない。生きることは苦しいこと。この事実は変わらないのかもしれない。

          そして例えばこの世界に自分一人しかいなくて、それでも沸き出る欲。これは大事なんじゃないかと思う。夢と呼ばれるものはこんな欲のことを言うのかもしれない。


          邪魔なのは他人の欲。


          これを捨て去ることが涅槃へと近づく一歩なのかもしれない。




          All of us/nirvana(uk)



          1.Rainbow Chaser
          2.Tiny Goddess
          3.The Touchables (All Of Us) 4.Melanie Blue
          5.Trapeze
          6.The Show Must Go On
          7.Girl In The Park
          8.Miami Masquerade
          9.Frankie The Great
          10.You Can Try It
          11.Everybody Loves The Clown
          12.St John's Wood Affair

          Nirvanaとは英語で涅槃の意である。


          Nirvanaと聞くと恐らくみんな90年代アメリカはシアトルの、カートコバーンのnirvanaを思うだろう。

          実は60年代後半、イギリスにnirvanaというバンドが存在し、それが本当に素晴らしいので今日紹介さしていただきたい。


          ロックとストリングスの融合を目指し、66年結成、67年に1stアルバム「Story Of Simon Simopath」でデビュー。


          サイケでポップな正に67年!というようなカラフルサイケで架空の少年サイモン・サイモパスの物語を歌っている。
          後期ビートルズの影響を受けてはいるが、どこかドリーミーな雰囲気。そう、ドリーミー。nirvana(uk)を一言で言うならドリーミー。

          この1stアルバムは6人組のバンドとして活動していたが、2ndアルバムall of usではパトリック・キャンベル=リオンズとアレックス・スパイロポロウス、という二人の人物の音楽ユニットになっている。(スパイロポロウスってギリシャ哲学者みたいだなぁと思ったら、やはりギリシャ人のようだ。)

          今日紹介するのはこの2人になった68年発表の2nd アルバム「all of us」。



          戦中のドイツが製作した映画から抜粋した白黒写真のアルバムジャケットからは想像しがたいカラフルなサイケポップなアルバム内容である。

          正直、1stはドリーミーな匂いはするものの、コンセプトアルバムではあるのだろうがパッとせず、曲もまだ「あぁこの人たちビートルズ好きなんやな」というような感じである。いやもちろん素晴らしいんだが。

          しかしこの2ndでnirvana(uk)の音楽がバシッと決まった感じが伝わってくる。抜粋のメロディセンスにプロコルハルム的な雰囲気、それがオルガンではなくストリングスなのが冷たくてそれはそれで気持ちいい。ストリングスなのに広がりという印象を持たない内向的な感じ。少しプログレッシブで少しソフトロックっぽくて少しサイケな絶妙なとこにいる。

          まぁでもなんといってもやっぱりメロディかなぁ。

          1曲目rainbow chaser。モノクロのジャケでいきなりrainbowってゆってもうてる辺りがすごいよね。

          ポップなメロ、サイケと言えばの半音で揺れるストリングス。なんだこの世界観は。私はただただ60年後半のサイケを闇雲に漁っていたんだけれど、この曲を聞いてとんでもない大物を釣り上げた気分になって心底嬉しく思った。

          とにかく捨て曲がなく、恐らく美しいメロディにとことんこだわって作ったアルバムなんじゃないだろうか。

          何がその独特なドリーミーさを醸し出すのか、その原因はわからないが後期ビートルズでもなくプロコルハルムでもなく、独特の世界観を持っている。


          是非聞いてみていただきたい。

          You tubeにもall of usの音源は少なく、入手方法は天下のAmazonくらいだろうか。


          捕捉情報をいくつか。

          この後三枚目これまた素晴らしいアルバム、「black flower」を出したあと、アレックス・スパイロポロウスが脱退し、nirvanaは パトリック・キャンベル=リオンズ一人のプロジェクトとなる。



          パトリック・キャンベル=リオンズ一人となり作った四枚目の「局部麻酔」のジャケットは有名。



          90年代にはなんとカートnirvanaをバンド名の件で訴え、見事に惨敗。カートnirvanaがあまりにも有名になってしまったことで、今ではnirvana(uk)と、わざわざ(uk)を付けられて呼ばれる可哀想なnirvana。

          ネタのような話だが、裁判で負けた腹いせか、ネタなのかなんなのか、90年代に出したアルバムでカートnirvanaの「リチウム」をカバーしている。これが謎のエレクトロで、すごいソフトなアレンジになっている。別にnirvana(uk)ぽいアレンジでもないのだが…
          これはyou tubeに上がってるので、カートnirvana好きの方も一度聞いてみたら面白いかも。


          60代当時の人気はというと本国イギリスでは微妙だったが、フランスではかなり人気があったらしく、そこまでマイナーなバンドではないようだ。


          それにしても、nirvana(uk)とカートnirvanaは真反対といってもいいくらいの音楽性なのだが、その両者がnirvana、涅槃という意味のバンド名を冠している…

          ますます涅槃とはなんなのか、わからなくなった。


          とにかく他人の欲を捨てようと思う。


          『世界5分前仮説』Begin/the millennium

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            世界5分前仮説というものを知っているだろうか。

            世界は5分前に創られたという説である。

            つまり私は24年間生きてきた記憶を持たされて5分前に誕生し、この宇宙は何億年もの歴史を持たされて5分前に誕生した、というとんでもない説なのだ。


            私の過去の記憶や、世界に刻まれた歴史というのは、この仮説を否定する要因にはならないということだ。


            過去というものはこんなくらいの説で、存在が危うくなるものなのだ。



            とはいえ、記憶や歴史だけが過去への手がかりである。


            脳に刻まれ、文字として刻まれ、音源として、映像として、または傷として、跡として残された手がかりを頼りに過去へ接触するしかないのだ。


            何も残さず、記憶していた人は死に絶え、跡形もなく消え去った過去というものが少なからずあるとしても、ほとんどの過去というものは手がかりを残している。



            テクノロジーの進歩は凄まじく、小さな手がかりから過去を解明していき、そして今やその記録はインターネットを通して、世界中の人が記憶することができる。

            私は歴史に強いほうではないが、音楽史、主にロック史にとても興味がある。

            機械に弱いので、最近までは文書を頼りに、雑誌であったりライナーノーツであったり、まぁほぼライナーノーツサーフィンで過去へ接触していた。

            そして友人との情報の共有。こんなんあるよ、あんなんあるよって。


            ところがまだまだ浅瀬ではあるがインターネットを使用しはじめ、ほんとに驚いた。

            もう、知らない音楽で溢れかえっているのだ。

            もう40年も前、遥か海の向こうで録音された、素晴らしい音楽、レコードを出した、売れなかった、人の記憶に残らなかった、後々CDという文化が誕生した、当然CD化されなかった。


            そんな音楽が時間と海を越えて私のもとへ届くのだ。しかもこんな浅瀬まで。


            とはいえ、こんな浅瀬に届くくらいなので実際きっとかなりの人が記憶していて、語り継いだ音楽なのだろうが。


            インターネットは言わば人類の記憶の共有である。こんなんあるよ、あんなんあるよ、が全人類で繰り広げられるわけだ。これが良いことなのか悪いことなのかわからないが、とにかくすごいことだ。


            よく年配の方に「若いのによう音楽知ってるなー」と言ってもらえることがある。


            ありがたいお言葉だ。

            しかし私はいつもこう思う。

            科学力をなめるな!

            いくらあなたが私より先に生まれたからといって、あなたのほうが過去に近いわけではない。ぼけ!と。



            Beatlesは本当にすごい。世界一有名なバンドはやっぱり本物である。


            大多数の人が記憶している過去は音楽に限らず、とにかく大きな力を持っている。

            Beatlesもそうだし、例えば広島の原爆もそう。


            しかし、運が悪かった、時期が悪かった、その他様々な理由で埋もれた大事な過去はたくさんある。

            そしてそれらは少なからず手がかりを残し、時間をかけて掘り出されるのだ。


            もう、CDがレコードの生産量を越えて何年も経った。それなのに、初CD化!みたいなことが今になってもあるのだ。





            過去というのは存在が不確かである。

            それゆえに、まだまだ果てしなく未開である。




            人類にとって果てしなく広い宇宙と同じくらい、深海というものは未開である。

            このことを知った時、なんとも灯台もと暗し的な印象を受けた。


            私に残された何十年の未来よりも過去というものは果てしなく膨大であるのは言うまでもない。







            Begin/The millennium



            1. Prelude
            2. To Claudia On Thursday
            3. I Just Want To Be Your Friend
            4. 5 A.M.
            5. I'm With You
            6. The Island
            7. Sing To Me
            8. It's You
            9. Some Sunny Day
            10. It Won't Always Be The Same 11. The Know It All
            12. Karmic Dream Sequence #1
            13. There Is Nothing More To Say
            14. Anthem (Begin)



            久しぶりの更新です。もう毎週日曜に更新するという嘘はつきません。定期的に、定期的に!


            さぁソフトロックと呼ばれるジャンルでは王者として君臨するmillenniumのbegin。

            どう考えてもミレニアムだと思うんだけど、何故かどこでもミレニウムと呼ばれている。

            そもそもソフトロックというジャンルは日本人が勝手に名付けたジャンルらしいが、スタジオワークに重点を置いた60年代後半の音楽というようなニュアンスらしい。

            ちょっとしっくりこないが、the beach boysのpet soundsやthe zombiesのodessey and oracleなんかもソフトロックに連ねられたりする。


            私の勝手な解釈では美しいハーモニー、ギターロックやブルースからの脱却。そしてその名の通りソフトなイメージ。角のないというか、丸っこく、綿あめというか雲というか。



            さぁそのソフトロックの代表的作品、ミレニウムのBegin、68年発表のレコードで、世界初16トラックレコーダーを導入(実際には8トラックを二台使用したらしい)したことで有名である。


            コロンビアレコードが大金を注ぎ込んで制作されたアルバムらしいのだが、内容が前衛的すぎるという理由でプロモーションをほぼ全くせず、結果全く売れず、コロンビアの財政が傾いたとまで言われている始末。


            私は素晴らしい作品はほっといても売れると信じていたが、この作品を聞いて考えが変わった。


            ほんとに素晴らしいのだ。



            ミレニウムはカートベッチャーというコーラスワークの魔術師と呼ばれる男が率いるアメリカはカリフォルニアのバンドであり、beatles vs beach boysという音楽戦争に参戦するべく元々裏方の人間であったカートベッチャーが1966年に立ち上げたバンドらしい。今知ったんだけど、ブライアンウィルソンもかなりカートベッチャーを意識してたとかしてないとか。


            プロデューサーのゲイリーアッシャーが重要人物であり、ミレニウムと平行してカートベッチャー別のプロジェクトを遂行し、Beginに先立ち67年に「サジタリアス」という名義で「プレゼントテンス」という、これまたソフトロックの重要作品を作っている。こちらのほうは機会があればまた。


            そうミレニウム。

            カリフォルニアポップに独特のコーラスワークとサイケニュアンスを少し入れたような印象だが、音質の良さも加わり唯一無二の音楽に仕上がっている。アメリカからのビートルズへの返答というようなアルバムはいくつも聞いたが、その完成盤とも言うべきアルバムである。


            今やソフトロックの王者という看板を与えられたとはいえ、素晴らしすぎる作品と認知度の低さとのギャップが不思議すぎる。


            商業的に失敗した彼らだが、実は掘り起こされるのが実に早く、69年にはサタデイレビューが60年代の最も優れたアルバムベスト3にBeginを選び、ローリングストーン誌の「無人島に持っていく10枚のアルバム」アンケートにもジャックホルツマン(エクストラレコード創始者)とクライブデイブス(元CBS社長)によって選ばれた、という記録が残っている。


            CD化も81年にされており、リマスター盤も近年出されている。


            それでも私は物足りない。


            ロックファンだけが知ってればいいというような所でおさまってしまうのは勿体ない。



            今からちゃんとプロモーションするというのは無理なのだろうか。もうカートベッチャーは死んでしまっているけれど。

            Millenniumにかかわらず、過去の素晴らしい作品をプロモーションして売り込むというのは、新しいバンドを探しだして育て上げプロモーションして売り込むよりも難しいことなのだろうか。


            版権的なこととか、ややこしいのか。全然わからないけど、版権を買い取り、プロモーションして売り込む、それのみをしまくるレコード会社
            を設立したい。

            上手く行く気しかしない。だって素晴らしい音楽は過去に山ほどあるのだから。

            私はものを知らないので誰かこのアイデアの難点を教えて下さい。




            さぁBeginの紹介を。



            コーラスワークを武器として掲げておきながら1曲目は短いインストゥルメンタルで幕を開ける。

            このpreludeという1:18秒のインストゥルメンタルをyou tubeで聞いて、私はこのアルバムをamazonで即購入し、のめり込むことになるのだが、

            遊園地的な美しくも不気味な旋律に激しいが丸っこいドラムが絡み、1分ちょいの間にドラマチックな展開を魅せ2曲目へ繋がっていく。


            ベースのフレーズはそのままですっと小節の頭が表裏入れ代わり、2曲目へ突入する。文字で説明してもわかりにくいが、私はこういうパターンがとてつもなく好きだ。脳から汁が出るのだ。

            曲のほとんどは3分に満たない短い尺の曲であり、どれも美しいメロディとハーモニーを基調とした聞きやすい曲が並んでいる。

            中でも6曲目のthe islandは小鳥系の極上ポップスで、お気に入り。

            8曲目のit´s you はドラムの逆再生から始まり、終始バックでギターのブラッシングがなってたり、サイケの代名詞?の半音で揺れ続けるコーラスがあったり、中盤では正にビートルズなパートが組み込まれていたりと、とても楽しい曲で、Beginの代表曲的な立ち位置だと思っているのだが、作曲はリー・マローリーという人物である。

            Millenniumはカートベッチャーと6人のミュージシャン、というイメージが強いのだが、それぞれのメンバーが曲を持ち寄っていたという意外な事実があったり。


            そして13曲目、there is nothing more to say。語りつくして、という邦題が付けられたこの曲を聞いてほしい。

            歴史的名曲と呼ばれる曲は腐るほど在るけれども、この曲を前にそれを堂々と言える曲がどれほどあるだろうか。

            こんな曲を聞かされると、たかが音楽、なんて口が裂けても言えなくなってしまう。

            まぁとにかく聞いてほしい。

            “There is nothing more to say”…もうこれ以上言うことはない、と最後に歌い上げ、nana〜na〜nana〜と終わって行く、なんと感動的な仕上がり。


            そしてラスト14曲目のanthem(begin)。讃美歌を逆再生を使いまくった奇妙なノイズミュージックのようなもので挟んだ曲なのだが、讃美歌部分では「コロンビアCBS」と歌い、コロンビアレコード讃美歌となっている。讃美なのか皮肉なのか、意図はわからないがお茶目な一面を我々に見せてくれる。



            タイトルは「Begin」,裏ジャケには「to be continued」の文字。

            しかしこの1枚で終わってしまった。

            このアルバムを聴き終わり、「to be continued」の文字を見るたびになんとも言えない気分になるのだ。


            『世界平和』with a little help from my friends/joe cocker

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              やっぱりウッドストックフェスティバルにはとてつもない憧れがあって、


              公衆便所が足りなくて、そこら中糞まみれだったとか、

              レイプ被害件数が凄まじいとか、


              参加していた当事者達にとっては地獄だったようだが、


              それでも私はCDとDVDでしかウッドストックを体験できず、それはそれは大変美化されたものなのかもしれないが。


              湖で体を洗う人々や、牧場をバイクで走り回る主催者や、粋な牧場主や、ヨガでナチュラルトリップする集団、マリファナを吸って楽しそうにインタビューに応える無数の人々。


              そして、フーが、ジャニスが、ジミヘンが。


              ロックファンならば誰もが憧れるんじゃないだろうか。





              ロックが、ドラッグが、若者が世界をひっくり返すんじゃないかというくらいのエネルギーを帯びていた時代。


              いわゆるヒッピー文化、サマーオブラブ…アメリカを中心に広がり世界中で認知された文化だけど、



              つまりは、既存の伝統や社会、価値観からの脱却。

              ドラッグ、フリーラブ、集団生活、自然生活への回帰、愛と平和ってやつだ。





              ベトナム戦争という背景があったことはとても大きいことだと思う。



              とにかくその頃の若者は政治的関心が強く、世界を変えようとするエネルギーに満ち溢れていた。


              それらをすべてひっくるめて私は67年に始まったサマーオブラブに強く憧れ、そしてその象徴としてウッドストックフェスティバルがあるわけなんだが、



              そんな時代も長くは続かず、当時のミュージシャン達も、ドラッグは悪魔だだとか、ロックは死んだだとか言ってしまう始末で。






              そして現在、2012年、私の持つロックへの憧れとは一体なんなのだろうか。


              1989年の日本に生まれた私には、戦争なんて程遠いもので、政治的関心も一切ない。


              今は今で、たくさんの問題があるんだろうが、原発問題やら、何やら。



              私は無知だし、よくわからないが、それらの今抱える問題と、ロックというものは、どうしても結びつかないのだ。


              ロックとは精神論だと、そうは思うけれどもあまりにも時代背景と密接に関係しているのかもしれない。






              ロックとは何たるかということを述べたいわけではないんだ。本題に移りたい。



              私は音楽が世界を救う、そういう思想を信じている。





              世界とは一体何なのかということだ。



              世界平和って一体何なのかということだ。



              私は世界とは、個人が認識して現れるものでしかないと思うのだ。


              この目で、耳で、認識して感じ取ったものが世界なのだ。


              それぞれの主観でしか世界は存在しないのだ。


              世界を映し出し、造り出すのは、個人なのだ。


              だから私はいつも、私が死ぬとき世界が終わると言うし、私が生まれて世界が始まったと言うのだ。


              絶対的な世界は存在しないと思ってるのだ。



              私の言うところの音楽が世界を変えるというのは、いわゆる、環境を変えることではなくて、


              ミサイルが降り注いでいるのが、歌って止むわけではないし、


              音楽でいじめがなくなるわけでも、病気が治るわけでもないだろう。


              ただ、個人の、世界を救うかもしれないと思うのだ。


              目や耳で認識した世界を受けとるフィルター、そのフィルターを変えてやれば世界は何色にも変わるのだ。

              音楽でフィルターを洗うのだ。

              心を、魂を洗うのだ。



              外的環境に、世界の不満をぶつけてはいけない、世界は内にある。


              もしも外的環境が最悪で、戦争が起こり、人々が死んでも、世界平和の鍵は個人が握っているのだ。


              できることなら、全ての人々が同時に同じ音楽を聞いてみたいものだ。月にでも馬鹿でかいスピーカーを設置して。





              とにかく私は音楽が世界を救う可能性があると思っている。


              だからロックは死なない。


              With a little help from my friends/joe cocker


              1. Feeling Alright
              2. Bye Bye Blackbird
              3. Change In Louise
              4. Marjorine
              5. Just Like A Woman
              6. Do I Still Figure In Your Life?
              7. Sandpaper Cadillac
              8. Don't Let Me Be Misunderstood
              9. With A Little Help From My Friends
              10. I Shall Be Released
              11. The New Age Of Lily
              12. Something's Coming On



              やっぱりウッドストックフェスティバルには強い憧れがあって、


              もう今から7、8年前、高校生の時にDVDを手にいれてから何度も見ては思いを馳せていた。


              ジミヘン、the who、ジャニスジョプリンの伝説的ステージ、デビュー当時のサンタナの勢いは半端ないし。

              そんな数々の映像の中、私が一番興奮するベストアクトが、ジョーコッカー。


              明かにテンションが高すぎる男が一人、奇妙な色に染めたシャツを着て、汗だくで、興奮して足の動きがおかしくて、そしてエアギターを弾き散らかす男。




              彼を紹介する時、歌手と紹介するのが正しいんだろうが、私はギタリストと言いたい。彼のエアギターは芸術だ。パフォーマンスでは決してないのだ。もう内から溢れ出る興奮が抑えられなくなっちゃって……



              歌、歌の方はと言えば熱量がすごい。エネルギーの塊と言えるしゃがれ声がシャウトが私の心の臓をにぎにぎするのだ。



              もう多分収まりきらないのだ、彼の肉体に。


              私はパフォーマンスというのが得意ではないし、好ましくもない。

              ひねくれているのか、ロックしてるぜ!という仕草を見ると恥ずかしくなるのだ。


              しかしジョーコッカーは違う。もう抑えられないのだ。エネルギー量が半端ないのだ。多分誰も客がいなくてもエアギターを弾くだろうし、何かに向かってシャウトするんだろう。


              あぁもうむちゃくちゃかっこいい。



              さぁそして皆さんご存知、beatlesの67年の作品、サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンドに収録されているリンゴの歌う名曲、with a little help from my friendsをカバーし、それをアルバムタイトルにしたジョーコッカー69年のデビュー作、「with a little help from my friends」。



              もうこのジャケットの顔が全てを物語ってるよね。




              バックバンドがすごくて、ツェッペリンデビュー前のジミーペイジがギターを弾いてたり、スティーブウィンウッドのオルガンが炸裂したり。



              カバー曲が半分を占めており、


              タイトル曲のbeatlesのwith a little help from my friends、


              Beatlesのオリジナルはポップで軽快な可愛い曲なのだが、大胆なアレンジで全く違う曲に変貌をとげている。

              パワーバラードとでも言っておこうか、とても壮大で力強く美しく、ジョーコッカーの代表曲である。

              ジョーコッカーを知らない人はせめてこの曲だけでも聞いてほしい。


              他にもbob dylanのjust like a woman、i shall be released。

              Trafficのfeeling alright。

              ニーナシモンのdon't let me be misunderstoodもナイスカバーだ。


              ウッドストックでは強烈なシャウトが目立ったが、このアルバムではジョー
              コッカーの繊細さであるとか、美しい歌声もたくさん聞くことができる。


              これもジャズのカバーだが2曲目のbye bye black birdではジョーコッカーの美しい歌声はもちろん、ジミーペイジのギターソロが聞ける、これは嬉しい。ジミーペイジ、しっかりセッションマンをやっている。


              うん、カバー曲ばかり紹介してしまいがちだが、オリジナルも素晴らしい曲がたくさんある。

              3曲目のChange in louiseは正にジョーコッカーな泥臭くてソウルフルな曲だし、

              シングルでもある4曲目marjorineなんかは、何て言うんだろう、不思議な曲だ。途中のリフ的な間奏も素晴らしいし、彼は裏声も美しいんだなぁ、と、フェイドアウトの感じは時代を感じるが。


              いやしかしこのアルバム、聞けば聞くほどいいのだ。



              ウッドストックでは時代の象徴とも言えるエネルギーを見せつけられ、

              このデビュー作では歌手としての力を堂々と示した。



              私はvanilla childrenというバンドをやっているのだが、私がライブでいつも着ている服は、彼のウッドストックでの服に憧れて高校の時に買いに行ったものなのだ。

              どうでもいいか。




              彼のウッドストックでのステージは是非一度見てほしい、エアギターを。

              少しあなたのフィルターが変わるかもしれない。世界が熱を帯びるかも。


              私もいつかは彼のように肉体が破裂しそうなエネルギーを身に付けたいものだ。

              『血肉とサイケ』the united states of America/the united states of America

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                前回、私は魂の輪廻を否定ました。残酷すぎると。


                魂がこの宇宙の物質やエネルギーではなく、特殊な次元のものであってほしいと願うのです。


                本来ここに似合わないものであると。


                迷いこんだとでもいいたい。


                何かの罰でここに放り込まれたとも言いたい。



                そしてカラフルなサイケに本質が垣間見えるんじゃないかと。




                ところがどうした。

                今回はアメリカンサイケについて。


                アメリカンサイケと言えば、やはりグレイトフルデッド、ジェファーソンエアプレインを筆頭に、当然ジミヘンもそうだし、ドアーズだっている。


                誰もがサイケだと認める面々でしょう。



                そこで問題なのは色なんだけど、


                暗い赤、深緑、茶色、滲んだ黒。といったところでしょうか。混沌。



                UKサイケというのは私にとって原色のカラフルサイケであり、明るすぎるが故の異物感と言いますか。チュッパチャップス的な、ポップ感が尋常じゃないのです。


                サイケポップです。


                対してアメリカンサイケはサイケブルース。



                土の匂いがぷんぷんします。血肉の匂いがぷんぷんします。


                しかしどちらも私はサイケだ!と感じるわけです。つまりは魂の本質を見るわけです。


                これは困った。



                UKサイケのカラフル感に私は異質を覚え、私は、魂はこの宇宙にとって異物であると、そう感じるわけです。なんと居心地のいいことか、サイケデリックな世界、即ちありのままの魂のあるべき世界は、と。





                しかしアメリカンサイケは血肉であり大地を私に突きつけてくるのだ。


                いわゆる自然だとか、そういうものの根源に溶けたような、お前はこの宇宙の混沌の一部だとはっきり告げられたような。






                さぁ、これ、UKもアメリカもどちらも同じLSDが生んだ音楽なんだろうか。うーん。



                あっ、そう、ジョージハリソン等が取り入れたインド的な匂いを含ましたサイケもカラフルではないんだなー。



                UKサイケはLSDで、アメリカンサイケやインド的サイケはマリファナなんじゃぁないか。といかにも頭の悪そうな答えが浮かんだり。





                さぁ私はUKサイケが好きだ。と言いますが、当然アメリカンサイケも好きで、

                ドアーズなんかはこのブログのタイトルをstrange daysにするくらい好きで、まぁstrange days持ってないんだけど。

                グレイトフルデッドも以前紹介した通りですし、

                ジミヘンはギター色が強すぎて少しハードすぎるのが苦手ですが、まぁ好きで、

                ヴェルベッツも大のお気に入りです。


                ちなみに、beach boysはアメリカのバンドですが、私は彼らのサイケはUKサイケと呼びます。



                そして今回紹介したいのがアメリカンサイケでは伝説的存在のこのバンド。



                the united states of america/the united states of America



                1.the american metaphysical circus
                2.hard coming love
                3.cloud song
                4. the garden of earthly delights
                5.i won't leave my wooden wire for you,sugar
                6.where is yesterday
                7.coming down
                8.love song for the dead che
                9.stranded in time
                10.the American way of love
                Part 1‐metaphor for an older man
                Part 2‐california good time music
                Part 3‐love is all


                68年発表のunited states of America唯一の作品。


                売り文句は電子音楽を取り入れたサイケロック。ってなことなんだけど、電子音楽はあくまで味付け程度のもので、斬新なサイケってわけではなく、かなり王道でわかりやすいサイケ。


                Joseph byrdというインテリ電子野郎を中心としたバンドで、とにかく曲が良い。ばりばりのブルースロックから幻想的な曲もまんべんなくあり、飽きないアルバム。


                dorothy moskowithという女性ボーカルが印象的で、そのせいか、個人的にはジェファーソンエアプレインや、ヴェルベッツ&ニコと同じカテゴリーにしまっているんだが、彼らに全く引けをとらない完成度。いや優る優る。


                聞けば聞くほどジョセフバードの電子効果音が絶妙で、なんといいますか、うるさいんですけど全く邪魔にならないんですよね。曲全体をエレクトロニカが覆ってしまう感じじゃなくて、素晴らしい。



                なんと言うんでしょうか、牧歌的な雰囲気をちょくちょく挟んできたり、気持ちいいんですよねー。牧歌ではないか……



                1曲目the American metaphysical circus、なんてかっこいいタイトルや、謎のSEに全く別のSEが重なって、ぐちゃってなってからバンっとドロシーの歌が入ってくるんだけど、メロディといい声といい、なんか懐かしい感じ。しかし微妙に声にラジオ的なエフェクトかかったりかからんかったりがふらふらして気持ち悪いんだよこれが。


                3曲目のcloud songは大好きな曲で、幻想的さが半端ない。エレキバイオリンと水滴のようなピアノ、何このベースの音。どんなレコーディング技術を使ったらこんな感じになるんだろうか。このプロフェッショナル感はbeach boysに近いかも知れない。ジョセフバード、恐ろしい。



                6曲目where is yesterday。圧巻。これぞサイケ。こういう音楽シーンに陽の目を浴びなかったけど、サイケ界では人気のバンドって前回紹介したtommorowもそうなんだけどB級感が半端なくて、そこがいいとこなんだけど、このunited states of Americaは超A級。音質良すぎ、ハーモニー極りすぎ、聞きやすいのに凝りすぎ。


                私が持ってるアルバムにはボーナストラックが10曲もついてて、本編も10曲なので、半分がボーナストラックですね。

                しかしその中にosamu's birthdayって曲があるんですけど、おさむの誕生日。これは良いとも悪いとも言えない意味不明な曲なんですけど、何なんですか?手塚治虫ですか?


                とにかくねぇ、このバンドはもっと評価されてよかった。


                さぁしかしじゃぁ何故こんな素晴らしいバンドが陽の目を浴びなかったのか。



                皆さんもお気付きの通りバンド名を完全にミスってますよね……


                何でこんなことなってしまったんやろうか。


                ゾンビーズもかなりアウトだと思うんだけど、ゾンビーズて。それでも彼らは売れたもんね。


                United states of Americaはあかん。絶対やったらあかん。



                まぁそれでも私みたいな日本人がCDを手に入れれるくらいだから、充分有名なんだろうけど。


                しかしこの完成度は豊作の68年でもトップクラスでしょう。


                本当に、名前で判断してはいけませんね。



                そしてバンドマンの皆さんは慎重にバンド名を付けましょう。


                『サイケデリック』tommorow featuring keith west/tommorow

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                  前回、魂の性別についてお話しましたが、今回も魂について。


                  魂って一体何なんやろう。



                  本当にあるのだろうか。


                  私は肉の塊でしかないのではないか。



                  他の生き物より発達した脳が、自我というバグを生み出し、その結果、魂という訳のわからないものが在るものであると誤認してしまったのではないだろうか。


                  人類だけが魂を与えられたと、私は思っているけど、人類だけが故障してしまったのではないか。



                  人類が猿から進化したのであれば、もっと遡って、全生物は微生物から始まったのであれば、

                  どの段階で人類に魂が宿るというのだろうか。



                  魂の有無、それはもう信仰の問題であると思う。信じるしかないのだ。



                  しかし私は疑り深いのかもしれない。証拠を欲しがるタイプなんだろう。




                  私は魂の尻尾を掴むことをテーマに生きている。






                  こういう話をすると、「人は死ぬと、○○グラム軽くなる、それが魂の重さだ」って話や、「輪廻転生を証明するエピソード」的な事をしてくれる人がいるんだけれど、私はそれは信じない。



                  信じたい事は念入りに調べるが、信じたくない事は信じないの一点張りなのだ。


                  まず、魂が重さを持っていることや、エネルギー体であるということは、魂がこの宇宙から外へ出れないことを意味するのではなないか。


                  それは私にとってスーパーNGであり、絶望的なことなのだ。


                  輪廻転生くそくらえなのだ。



                  この宇宙で廻り続けるというのは少し虚しすぎるのだ。




                  まぁまぁさてさて魂の尻尾を掴むという野望を成し遂げる方法で一番大人気な方法が恐らく、肉体を破壊する方法じゃぁないだろうか。



                  まぁ、死ぬこと。これが一番なのかもしれない。


                  しかし、わがままであるし矛盾しているかもしれないが、この脳で理解したいのだ。

                  死んでしまっては尻尾を掴むもなにも
                  、その真実の中に放り込まれることになる。中にいては悟るも糞もないのだ。



                  死にかける時、薄れ行く意識の中で悟るのかもしれない。


                  昔、TVで、よく覚えてないけど余命わずかの若い女性のドキュメント映像で、彼女が死ぬ間際「もしも私がこの先回復して生き延びたら、私はすごい人間になれると思う。」そう言って死んでいったのを強く思い出す。




                  肉体破壊というか、肉体という檻をこじ開ける方法としてドラッグはやはり捨て置けないだろう。



                  アルコールというドラッグも私は大好きであるが、やはり一番興味深いのがLSDである。パープルヘイズだ。


                  LSDが引き起こす幻覚症状、サイケデリック現象に興味を持たずにはいられないだろう。




                  サイケデリックロックというのは、LSDなどが引き起こすサイケデリック現象を音化したミュージックである。


                  私はLSDを手に入れることはできないし、そもそも日本では1970年に違法麻薬として定められている。今や世界中、大抵の国が違法だ。



                  もしもサイケデリック現象に、魂の尻尾を掴むヒントがあるとすれば、当然サイケデリックロックにもそれは含まれているんだろう。


                  私は60年代後半から70年代前半に起こったサイケデリックムーブメントの音楽に底知れぬ親しみを感じてならないのだ。


                  これはLSDやその他ドラッグを知らない私にとっておかしなことで、

                  考えられるのは、サイケデリックというのは
                  ドラッグにより引き起こされる脳の異常ではなく、元々人の中にあるものが、ドラッグの効果で浮かび上がってきたものなのではないかと。



                  サイケデリックロックは魂の音楽なのかもしれない!!



                  Tommorow/Tommorow



                  1 My White Bicycle
                  2 Colonel Brown
                  3 Real Life Permanent Dream
                  4 Shy Boy
                  5 Revolution
                  6 The Incredible Journey Of Timothy Chase
                  7 Auntie Mary's Dress Shop
                  8 Strawberry Fields Forever
                  9 Three Jolly Little Dwarfs
                  10 Now Your Time Has Come
                  11 Hallucinations

                  bonus track
                  12 Claramount Lake
                  13 Real Life Permanent Dream
                  14 Why
                  15 Revolution
                  16 Now Your Time Has Come

                  The Aquarian Age

                  17 10,000 Words In A Cardboard Box
                  18 Good Wizzard Meets Naughty Wizzard
                  19 Me

                  KEITH WEST

                  20 On A Saturday
                  21 The Kid Was A Killer
                  22 She
                  23 The Visit




                  あぁ……私のこのブログってゆーのは、前半「辻論」、そして後半「音楽紹介」 ってゆー構成で展開しているんだけれど、前半のお話はただの前置きなのです。


                  紹介したい音楽に繋げたくて必死なのです。だから半分くらい嘘かもしれません。本当に思ってることもあるんだけれど。


                  だから矛盾もしばしばあります。気にしないで下さい。



                  さぁさぁこのtommorowというバンド。68年のUKサイケですね。




                  このバンドを紹介するときの、一番の売り文句は、yesのギタリスト、スティーブハウがyes以前に在籍していたバンド!ってことになるんだけれど、そんなことはどうでもいいくらい素晴らしいのです。


                  60年代後半のukサイケと言えば、当然beatlesのリボルバー、サージェント辺りやローリングストーンズのサタニックマジェニティ、pink floydの夜明けの口笛吹き。




                  当然クリームもそうだし、the moveや私の大好きなkaleidoscopeってバンドもいたりして、

                  他にもたくさんのUKサイケがあり、特に67、68、69年なんかはどのバンドもサイケをしていたくらいの時代で、ドラッグが世界を救うなんて
                  信じられていた時代で。



                  そのまっただ中で活躍したのがtommorow。


                  ギターが先程言ったように、yesのsteve howe、

                  ベースがjohn woodという人物、

                  ドラムがjohn alder、通称twinkと呼ばれる男で、サイケを語る上で欠かせない人物なのだが彼の話は後で、


                  そしてボーカルがkeith west、この男が重要。


                  スティーブハウのキモいギターは当然楽しめるのだが、やはりtommorowはキースウェストである。このアルバム、タイトルが「tommorow featuring keith west 」とついてるくらいで、キースウェストの非凡なメロディメイカーっぷりが堪能できる作品になっている。


                  ボーナストラックに、keith westのソロや、the aquarian ageというベースのjohn woodとドラムのtwinkのプロジェクトの曲が入っていたり、ファンにとても優しいアルバムなのである。



                  さぁtommorow、一曲目のmy white bicycleね。

                  Pink floydの67年の1st、最強のサイケ作品「夜明けの口笛吹き」のラストが「bike」。

                  そして68年tommorowの1stの一曲目が「my white bicycle」。


                  もうこれだけで私みたいなバカなロックファンは震えるわけですけど、もうものすごい逆再生から始まるわけで。


                  そしてポップなメロディにポップなビートに気味の悪い音色のギターと効果音。

                  そう。やはりUKサイケの醍醐味はポップなメロディにカラフルな装飾、そこにある不気味さ。これに尽きると思うのです。


                  Pink floydのシドバレットもそう、ジョンレノンもそう、そしてキースウェストもそうなんだけど、ポップセンスが飛び抜けてるんですよね。



                  明るさって狂気と近いなぁって、子供の笑い声って狂気の象徴として音楽とか映画とかで時々使われたりするよねーって思ってみたり。


                  4、5曲目のshy boy、revolutionなんて、もう初めて聞いた時スピーカーにかじりついたもんね。メロも構成も文句のつけようがない。


                  実はbeatlesのstrawberry fields foreverのカバーが入ってるんだけれど、これはイマイチ。好きなのはめちゃめちゃわかるんだけど、ほぼ原曲通りのアレンジで、ただただオルガンが無くなっただけという…


                  ボーナストラックのキースウェストのソロ作品も素晴らしく、ギターはスティーブハウ、ベースがなんと若きロンウッド(ジェフベックグループ以前なのか!?知らん!)!



                  ちょっと、tommorowのプロデューサー、mark wirtzという人物の話を、


                  実はこの男、67年に、いち早くロックオペラなるものを製作しようとしており、その時に何曲かをキースウェストが参加し、歌っていて。「a teenage opera」というアルバムで。



                  これが当時、シングルを何曲か出しただけで、このロックオペラアルバム自体は未発表に終わり、30年の時を経て90年代にやっと発売されたもののようで。

                  もしこれが67年に出来てれば、the whoのトミーより早い、世界初のロックオペラだったんじゃないか、と思うんだけどそれは置いといて。


                  その67年に出したシングルの一枚目がキースウェストの「grocer jack(excerpt from a teenage opera )」って曲なんだけれど、


                  この曲がバカ売れして、そしてそのまま68年のtommorowもマークワーツがプロデュースして、その後キースウェストは人気が出たソロに専念するということでtommorowは一枚だけで解散とゆー結果になるんだけど。


                  つまりこのgrocer jackって曲は、tommorowを生んだ曲とも解散さした曲とも取れるわけなんだけれど。



                  この曲がむちゃくちゃいい。


                  このa teenage operaのストーリーは、トッドとパティという、若いカップルが車で事故って、死にかけてるパティが気を失ってしまわないように、トッドが色々な話をするという、謎のストーリーなんだけど、

                  その中のお話の1つがgrocer jack 、雑貨屋のジャックという話で、そういう曲なんだけれど、



                  むちゃくちゃいい。子供の合唱がたまらんのです。耳から離れんのです。是非聞いて頂きたい。tommorowよりキースウェストのソロのこの曲のほうが有名なようで、


                  Excerpt from a teenage operaで検索すると恐らくyou tubeで見れるはず!

                  http://www.youtube.com/watch?v=ixpEk6a_7PA&feature=youtube_gdata_player





                  うんうん。



                  あっ、最後に、そう、tommorowのドラマーtwinkの話を。

                  彼はtommorowの頃は息を潜めていたのだが、びっくりするほど才能豊かなサイケ野郎で、

                  ストーンズと肩を並べた、かの有名なpretty thingsに加入し、サイケをもたらし、68年、ピートタウンゼントが影響を受けたという、ロックオペラs.f sorrowを作り、




                  71年、pink fairliesという、不思議な感じのサイケパンクバンドを作り、これまたかっこいい。独特な世界観で、smashing pumpkinsのルーツがここにあるんじゃないかと勝手に思ってみたり。




                  ソロアルバム、think pinkってアルバムを作ってみたり、これは廃盤で高くて手に入れてないのですがyou tubeで聞いた限り傑作の臭いぷんぷんしました。




                  Twink…サイケの申し子と呼ばれるほどの人物らしく、サイケ界ではかなり重要な人物らしい。


                  Pink floydのsyd barrettが2枚のソロアルバムを発表し、表舞台から姿を消した後、一瞬スターズというバンドでライブしたりしたらしいのだが、そのドラマーがtwinkだったらしい。



                  とにかくtwinkという男は「pink」て単語が好きなんだなぁ、と。

                  Pinkはドラッグと繋がりが深いですからね。



                  はい、とにかくtommorowという素晴らしいサイケバンドのお話でした。


                  みなさんも一度サイケデリックロックの世界に脚を踏み入れてみましょう。キャッチーでポップな世界なので、そして魂の音楽であるので、馴染みやすいですよ。

                  次回はアメリカンサイケについて書こうかと!

                  『バイセクシャル』Berlin/lou reed

                  0
                    私はこのブログを書く時、一人称を「私」に統一しようと考えた。


                    その理由を述べてみようか。



                    魂について。


                    私は常々、肉体と魂は全く別のものであるということを主張しているが、魂とは一体何なのだろうか。



                    目に見えないものであり、存在が不確かなもの。

                    しかし皆、「魂」という言葉を知っているし、その存在を何となくではあるが信じているんじゃないだろうか。自分というものは魂であると。



                    さて、では魂に性別があるのかという話。



                    答えは断じて否でしょう。



                    つまり性別とは肉体に与えられた性質でしかない。


                    ならば肉体的レベルに囚われたくないと考える私にとって、性別などどうでもいいことなのかもしれない。


                    男らしさや女らしさなんてどうでもいいことなのだ。


                    言うならば、私は人間らしさでもなく「魂らしさ」を探知して、その人に好感を抱くべきなのだ。



                    私はバイセクシャルというのは、そういうことなんじゃないかと思うのです。


                    バイセクシャルというのは男も女も愛せる人、ではなくて、



                    バイセクシャルというのは男とか女とかどうでもよくて、魂を愛せる人、




                    なんじゃないだろうか。



                    違うのか。






                    私の勝手な意見を。

                    こんなことを言っては怒られるかもしれないが、ゲイは、明らかに男性の肉体に興味があるのだろう。

                    百歩譲って、受けは、有り得るかもしれない。有り得ないけど。


                    攻めって……女でええやんか……いや、そんな肉体的話はどうでもいいのだ。



                    とにかく私はバイセクシャルは、性的欲望より程遠いところにある概念なんじゃあないかと予測しているのだ。


                    悟りの向こう側、肉体的レベルからの脱却、魂のレベルの。




                    私はバイセクシャルであるべきなのかもしれない。



                    バイセクシャルです!とは言えない。




                    女性が好きだ。





                    まだまだ肉体に囚われまくっているようだ。



                    バイセクシャルを目指そうと思う。




                    まぁ、バイセクシャルが私の予想に反して男にも女にも性的欲求を感じるということなら、


                    それは肉体的レベルに囚われている極みであり、私が目指すものと全く逆なのだが。


                    BERLIN/LOU REED


                    1. Berlin
                    2. Lady Day
                    3. Men of Good Fortune
                    4. Caroline Says I
                    5. How Do You Think It Feels
                    6. Oh, Jim
                    7. Caroline Says II
                    8. The Kids
                    9. The Bed
                    10. Sad Song


                    バイセクシャルのミュージシャンはたくさんいるが、今回はルーリードを。


                    言わずと知れた伝説のバンド、ヴェルベットアンダーグラウンドのギタリストであり、ソロではグラムロックの歴史にかかせない人物であり、ニューヨークの詩人であり、文学的ロックの王である。



                    私はまぁ当然、いや当然というか、アンディウォーホールのバナナのジャケットで有名な1967年発表のヴェルベットアンダーグラウンド&ニコで初めてルーリードと出会いました。



                    はっきり言って、むちゃくちゃ興奮したし、楽曲も素晴らしい、サンデーモーニングは天気のいい日に早起きしたらいつも聴くし、ヘロインには打ちのめされた。

                    しかしヴェルベッツを聴いてルーリードがどうとかいう感想には至らなかった。


                    そして次にルーリード2枚目のソロアルバムであるトランスフォーマーを聴いた。1972年のアルバムである。





                    トランスフォーマーはデヴィッドボウイとミックロンソンという最強のグラムコンビがプロデュースしており、曲も抜群に素敵で、恐らくルーリードのアルバムで一番有名なのだろう。私もとてもお気に入りの一枚だ。


                    しかしこのアルバムはあまりにボウイ過ぎた。もうこれのせいで、私の中でボウイとルーリードは切っても切れない関係になってしまったのだ。



                    だってパーフェクトデイや、サテライトオブラブ、愛の人工衛星なんか、ジギースターダストにぶちこんでも違和感感じないと思う。


                    ワイドサイドを歩けは、かなり独特だが。


                    サウンドがとにかく、ボウイなのだ。私はボウイが大好きなので、これはこれで大好物なのだが。



                    したがってトランスフォーマーは私の中でグラムロックという枠にルーリードを長年押し込めてしまう結果となった。





                    そして今回紹介したいのが73年発表のベルリンだ。


                    これまたベルリンというワードが、私の中でボウイのベルリン三部作と結び付いてしまうのだが、まぁそれは実際は全然関係ないのでほっときましょう。



                    このベルリンというアルバムはロックオペラと呼べるくらいのストーリーを持ったコンセプトアルバムで、ベルリンの壁をテーマに主人公とキャロラインという女性の悲劇の恋物語なのだが、さすがはルーリード、途中でジムという男が出てきて、3人で肉体関係をもつバイセクシャルな一面や、ドラッグやら、暴力やら、おまけにキャロラインはレズビアンで………


                    ルーリードは変な人だ。



                    私はこのアルバムで、やっとルーリードの凄みを見たんだと思う。

                    呟くようなメロディがやけに叙情的だし、なんとも悲劇的な雰囲気を漂わせる楽曲の展開。ベルリンという退廃の街を見事に表現している。


                    暗い音楽ってゆーのは、私も腐るほど聞いたが、彼の暗さというのは他の追随を許さない、なんだか別の次元の暗さなのかもしれない。


                    私の知らないタイプの悲劇が、彼の曲にはあるんだろう。


                    彼を想う時、「背徳」という言葉が浮かぶのだ。背徳心なんて感情には馴染みがないし、よくわからない。


                    でもなんだか主人公の背徳心と性的欲望、そして悲劇的なストーリーがこのベルリンワールドを構成する重要な要素なんだろう、そう感じるのだ。


                    1曲目のベルリン、賑やかさが逆に寂しいSEから始まり切ないピアノに、呟くルーリードの声。一気にベルリンワールドに引き込まれる。私が思い浮かべるのはベルリンではなくニューヨークなんだが。私はニューヨークなんて街の事、全く知らないんだけれど、私の思うニューヨークの8割はルーリードなのだ。少しジョン・レノンのことも思うのだけれども。

                    2曲目は欲望剥き出しのlady day。なんともどろどろしたエロスを感じる曲だ。サビのビートのモタり具合が本当にエロい。


                    そしてMen of good fortune。このアルバムで一番好きな曲だ。ルーリードという名前を聞くとこの曲が頭を流れる。何を歌ってるかなんて、全然わからないんだけど。


                    まぁこの後も凄まじい物語が続き、キャロラインの話、caroline saysが2回あり、ちなみに私はCaroline says 2が切なくて好きだ。


                    そして悲劇のエンディング、sad song。

                    私はここまで物語を聞き終えた時、ただただ、ルーリードってすげぇ!って、そう思った。

                    ロックというのは、ミュージシャンによって楽曲の世界観の違いがとても顕著であるが、ルーリードの世界観はほんとに異質なものだと思う。ルーツが見えないし、私のただの知識不足なのかもしれないが、正にオリジナリティを感じるのだ。



                    ルーリードがロック史においてとても重要な人物であるという文章を様々な雑誌やレビューで目にしてきたが、私はこのアルバムを聞くまでそんなことは信じていなかった。


                    このアルバムを聞くまで、ヴェルベッツのギタリストで、グラムロックのミュージシャンくらいに思っていたかもしれない。


                    しかし今まさしく、ルーリードの重要性を感じるし、オルタネイティブロックの元祖であり、悲劇の変態エロティック文学家であると完全に私に記憶されている。



                    簡単に言ってしまえば、ルーリードはミステリアスでエロティック、つまり紫なのかもしれない。

                    でもなんだか私は銀を思う。理由はよくわからないけど、グラマラスな銀ではなくて、銀……シルバーを思うのだ。



                    ちなみに今、Wikipediaで調べてたら目を疑う情報が入ってきた。

                    このアルバムの参加ミュージシャン。




                    スティーブウィンウッド。

                    もうこの男はいたるところで目撃するので驚かなくなった。いや、少し驚いた。




                    ジャックブルース。

                    これが驚いた。かの有名なクリームのベーシストだ。ほんとですか?




                    そしてトニーレヴィン。

                    後期キングクリムゾンのベーシスト。スティックという謎の楽器を弾きたおすハゲ野郎なんだけれど。嘘やろ。


                    驚きです。ほんとですか、Wikipediaさん。


                    プロデュースを手掛けた、ボブエズリンはピンクフロイドなどを手掛けたやり手で、彼がまたいい仕事をしている。

                    彼もまた、方耳しか聞こえないという私のソウルメイトなのだ。一方的な。


                    とにかく一度、ルーリードに触れた事のない方は是非、ベルリンの悲劇を体感していただきたい。

                    そして魂の性別について、バイセクシャルについて、考えてみましょう。

                    『光の宿命』close to the edge/yes

                    0
                      光の宿命について。



                      目に見えないものの大切さ

                      これを私はサンテグジュペリの「星の王子さま」から学んだのだけれど、では目に見えるものとは一体なんなのだろうか。




                      屁理屈みないなことを言うようだけれど、私達がこの目で見てるものは光のみである。


                      あなたが、例えば愛する人を見つめた時、あなたの目に飛び込むのは光でしかない。その愛する人に反射してあなたの目に飛び込んだ光である。


                      愛する人の肉体に反射した光でしかないのである。


                      目というのはただ光を受容する機能しか持っていないのだ。その機能がこの世界においてどれほど優れたものであるかは言うまでもないが。



                      色。


                      赤い車なんて存在しないのだ。



                      赤く見える波長の光を反射し、それ以外の光を吸収するボディの車。なのだ。



                      …とにかく目では、いや、五感ではものの本質には触れることができないのかもしれない。私の大好きな聴覚でさえ。



                      すみません。この話は私の今日のテーマからずれた事でした。




                      今日は光について。





                      目に飛び込まない光について。



                      光の宿命について。




                      以前私は人類中心主義で、観測者のいない宇宙は存在していない、という話をえらそうに熱弁しましたが、今日する話はそれと少し矛盾しているかもしれません。



                      目が先か、光が先かというと、当然光が先でしょう。


                      この光に満ち溢れた世界に適応するために生物は目という機能を備え付けた。


                      これは間違いないでしょう。


                      では、光は当然生物が誕生する前からこの世界にあったんだろうけど、何のためにあったのだろうか。


                      光の宿命は何なのだろうか。


                      目に飛び込むことが宿命ではないのだろう。



                      目に飛び込まない光、目を閉じてもある光。



                      私は光は救いだと感じるのです。救済であり、希望である。



                      光の宿命は救済である。



                      光に宿された命は救済である!










                      しかし宿命という日本語って素敵ね。




                      Close to the edge(危機)/yes


                      1.close to the edge

                      2.and you and I
                      3.siberian khatru


                      私はこのアルバムに光を感じたのです。当然、音楽なので、光を目で見たわけではありません。


                      つまり、目に飛び込まない光、光の宿命を感じたわけです。


                      このアルバムはyesの1972年発表の5枚目のアルバムであり最高傑作。



                      私が最初にyesに触れたのは事もあろうかベスト盤でした。



                      1stアルバムからのsurvivalや7枚目のアルバム、リレイヤーの「錯乱の扉」という組曲の最終楽章「soon」が単体でリストアップされていること(組曲の中の1つの楽章をシングルカットするアイデアは斬新!)は嬉しいが、yesの大切な曲のいくつかが抜け落ちてしまっているのだ。


                      とにかくこのyesの集大成とも言えるclose to the edgeのアルバム3曲がすっかり抜け落ちている。



                      もしもこれからyesを聞こうという人がいれば、是非ベストアルバムと、close to the edgeを手にいれたほうがよいでしょう。



                      この5枚目のアルバム、close to the edgeはいわゆるyes黄金メンバーでレコーディングされている。

                      Vo.ジョン・アンダーソン
                      Ba.クリス・スクワイア
                      Gt.スティーブ・ハウ
                      Key.リック・ウェイクマン
                      Dr.ビル・ブラフォード



                      最強メンバーである。この後すぐにビルブラがキングクリムゾンに、リックウェイクマンは次のアルバムでジョンアンダーソンと食い違い脱退、となる。


                      だから私の中ではこのclose to the edgeがyesのラストアルバムなのだ。



                      まぁ、7枚目のリレイヤーもいいんだけど……



                      さぁ私はこのアルバムを手にした日、1曲目、A面のタイトル曲、アルバムclose to the edgeのclose to the edgeという曲を、20回くらい繰り返し聞いた。


                      20回と言っても、この曲、20分くらいあるので、それはそれは気付けば朝でした。


                      もうね、感動しました。なんといいますか、両手を広げて天上を見上げてました。そう、光を集めるポーズです。



                      イントロから強烈なインパクトのギターリフ、変態的なピロピロキーボード、私はこんな3拍子の曲を聞いたのは初めてでした。



                      そしてまさにclose to the edge、崖っぷちの危機的緊迫感からの開放を告げるジョンの「アーーーーナッ、ナー」。


                      それからそれからビルブラの絶妙なポリリズム、湖のようなi get up i get downパート、エンディングの昇天。



                      まぁまぁとにかく完璧な構成で、20分が過ぎて行くのだ。


                      Yesは超絶ハイテクバンドだし、変態的でもあるのだけれど、間違いなくいえる事は彼らは歌ものバンドなのだ。


                      ジョンアンダーソンのメロディが、世界観が中心にあり、その歌を引き立てるのが、スティーブハウの変態ギターだし、リックウェイクマンの変態ピロピロキーボードだし、クリススクワイアの歌うベースで、ビルブラのポリリズムだったりしちゃうのだ。



                      Yesって業界でトップクラスの練習量の多さで有名らしく、そんな彼らだからこそ成せる音楽なのだ。



                      とにかく、プログレなんて言われているが、彼らは歌ものバンドなので、是非とも一度聞いてほしい。ジョンアンダーソンの歌が気に入らなければ元も子もないが。


                      Yesというバンドは、独特の神々しさといいますか、私は救済の音楽だと思うのです。

                      天から、光りが射して、何かが降りてくるイメージ。

                      全て許されたような瞬間。



                      そのような瞬間がこの曲の中にいくつか存在している。



                      この曲は釈迦が悟りの境地に辿り着くまでの苦行や経験を歌っているらしいが、あの神々しさは、天に昇る、救済の瞬間は、悟りの境地を表現しているのかもしれない。




                      B面のand you and i、siberian khatruの2曲もどちらも10分の大曲で正にyesサウンドといった感じだ。

                      シベリアンカートゥルのリフなんかは秀逸で、歌メロにあの童謡「アルプス一万尺」のメロディをぶちこんだり、凄まじい曲なのだ。





                      実は今年、ついこないだ、我が故郷、尼崎アルカイックホールにyesが来日したのだ。去年か一昨年かには、ジェフベックが来日したし、一体どうしたのだアルカイックホールは。



                      そう私はそのライブは見に行かなかった。



                      クリススクワイアが真のイエスマンである。yes はクリススクワイアのバンドだ!


                      という意見はわからないでもないが、私のイエスマンはジョンアンダーソンなのだ。彼のいないyesは違うのだ。彼の世界を具現化したのがyesであるし、彼の救済の光を感じたいのだ。





                      私は今、close to the edgeを聞きながらこれを書いているが、絶頂パートでまた光を集めるポーズをしてしまった。


                      目に飛び込む光ではない、光の宿命を、希望を、救いの光を集めるのだ。

                      『脱出』live/dead/greatful dead

                      0
                        生と死は決して対極ではない。


                        私達、肉体という動く物質を持つ私達が例外なくたどり着くのが死である。


                        そしてその対極にあるのは死への道を歩み始めた瞬間、つまり生誕である。


                        今ここにある生というのは、死への過程である。死に方の真っ最中なのだ。



                        だから死から目を背けることは今ここにある生から目を背けることなのだ。






                        死にマイナスのイメージを持つこと自体がおかしな話である。だってそれではこの世界はマイナスの世界になってしまう。皆必ず死ぬのだから。


                        結果より過程が大事なんだよ。

                        ってのは当たり前のことなのだ。何度も言うが、結果は生けとし生けるもの皆、死なのだ。

                        結果が全てだ。なんてことを言う人にはこう言いたい。じゃあ何故早く死なないのですか?と。


                        大事なのは過程である、生き方とも死に方とも言える生である。






                        道のりを決めるためには必ず目的地を想わなければならない。


                        だから私は死について想う。準備をしなければならないし、できれば少し寄り道もしたいので、目的地をしっかり見据えたいのだ。






                        涙の話を。


                        涙は、感情を言葉で表せないときに流れるものだと、私は考える。

                        泣いてる人に理由を聞く行為ほど、無駄な行為はないのだ。理由がわかれば涙など流れない。



                        私は大切な人が死んでも、泣きたくなどない。

                        死についてよくわからないが、何となくマイナスなイメージがあって、とにかく大切な人がもう動きやしないからよくわからないけど悲しくて涙が流れた。


                        そんな情けない知能があってたまるものか。

                        死と悲しみはリンクしない。この世界は悲しい世界ではない。


                        そりゃ寂しいかもしれない。もう生を共にできないのだから。

                        でも私は寂しさはマイナスの感情ではないと思うし、この世界が寂しい世界だと言うのなら、それは納得がいく。






                        とにかく死から目を背けることは危険すぎる。突然の親しき人の死に対応できず、そして自らの死に近づいた時、世界を暗く染める可能性が高い。

                        だから私は死について想う。






                        私は電車が嫌いだ。バイクが好きだ。


                        目的地には自分の手で向かいたい。

                        運ばれるのは心地が悪いのだ。

                        目的地には自分の手で向かいたい。



                        私は自殺を選択する。


                        自殺と言えばどうしてもマイナスのイメージが付きまとうかもしれない。

                        ガキの自殺ではない。

                        死を勘違いした自殺ではない。

                        リタイアではない。完走なのだ。

                        脱走ではない。脱出なのだ。


                        寿命で病気で事故で強制ゴールは、悔しすぎる。そっちのほうがルーズな私にはお似合いなのかもしれないが、死にだけは最大のメインイベントなので、準備万端で、サンドイッチなんかしたためて、たどり着きたいのだ。



                        これは決して暗い話ではない。

                        もしも私が時間切れまでに無事脱出できたなら、どうか拍手してほしい。偉大なる死に。





                        Live/dead/Greatful Dead




                        1.dark star
                        2.st.stephen
                        3.the eleven
                        4.turn on your love light
                        5.death don't have no mercy
                        6.feedback
                        7.and we bid you goodnight



                        さぁさぁグレイトフルデッドに繋げるために長々と私の死論を説きましたが、グレイトフルデッドは「偉大なる死」って意味じゃなく「感謝する死人」という意味らしいですね。

                        なんか

                        金のない死人のために葬儀を開いてあげた人が、その後良いことばかり起こった

                        みたいな話が、トビト記やチベット仏教の教典などにあるらしく、そこからとったらしい。


                        まぁそれは置いといて。


                        このグレイトフルデッドってバンドは60年代後半に活躍した即興演奏を得意としたサイケバンドです。

                        有名なバンドですが、もし好きだ!なんて人がいたら私は「渋いねー」なんて言ってしまうかもしれません。


                        ところがこのバンド、チャートにはほぼ無縁でありながら本国アメリカではアメリカを代表する伝説のバンド、という認識であり、ライブでの年間収益では常に上位に食い込んでいたらしい。

                        長い時は8時間も即興演奏ばかりのライブをしたことがあるというバンドで、中心人物であるギタリストのジェリー・ガルシアは

                        「我々が1つの曲を完成させようとしたら3年は演奏し続ければならない。」

                        とか言ってます。頭がおかしいのです。

                        しかも即興演奏、ジャムなのですが、なんとも盛り上がりがなく、各楽器のテンションも緩く、まるで霧のような、気だるいセッション。それが長々と続くわけです。

                        しかしどうして、何と心地の良いことか。


                        そんな伝説のライブバンド、グレイトフルデッドの有名な69年のライブ盤、live/dead。

                        代表曲dark starから始まるのですが、この曲のスタジオ音源が約3分。それがどう間違えたら23分になっちゃうのか。

                        私の一番のお気に入りが5曲目の極上のブルースバラード、death don't have no mercy。

                        この曲私が大好きなレッドツェッペリンのsince i've been loving you(あなたを愛し続けて)の元ネタなんじゃないかと思ってるのですが、まぁ似ているわけですよ。


                        しかししかしツェッペリンは中心へ中心へ集まって行くイメージ、4人の音がある一点へ集まって、塊が天へ昇っていくイメージ。


                        グレイトフルデッドはもう本当に霧のように、ふわふわっと、取り返しのつかないほど広がっていくイメージ。もう私の部屋まで霧で包みこんで、ドラッグの匂いがしてくるような。

                        6曲目のfeedbackなんて、ほんとに7分間ギターのフィードバックのみ。


                        このパッケージ化されない音楽。音楽の本質を感じます。


                        熱心なファンはデッドヘッズと呼ばれ、世界中にたくさんのデッドヘッズがいるらしい。


                        デッドベアと呼ばれる熊のキャラクターも有名です。




                        これは先日私が手にいれたデッドベアT-shirt。

                        これで私もデッドヘッズ!!

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